国際派行政学者の挑戦

慶應SFCの教員。才能ないなりに世界レベルの行政学者を目指す40代独身男(負け組)のブログ -月1回ぐらい更新-

日本語と英語の対立軸はつくらないで(T^T)

京都大学の待鳥先生が、日本語の学術書が売れなくなる要因は、本を読む人が減っているという出版事情だけではなく、「日本の学術の国際化という掛け声の下、研究業績を英語で公表すべきであるという主張が強まっていること」も大きな理由で、日本の研究者が英語で業績を発表するようになると、日本語の学術書が衰退し、日本社会の大打撃になるという見解をアスティオンという雑誌に掲載され、上記のとおりNewsweekにも転載されています。

 

日本では、行政学の権威である村松岐夫先生の影響で、行政学政治学の一部とする認識が強く(※)、村松先生のお弟子さんである待鳥先生も、政治学を主軸にしながら行政に係る業績も発表されています。※自分は学術体系は気にせず、経済学でも心理学でも自然科学でも、何でも行政に応用したい!理由は...その方が面白そうだから(^ ^;

 

私自身は待鳥先生にお会いしたことないですが、こんなホームページを作っているうえ、これまで英語で業績を発表していることから、先生にとっては日本社会に大打撃を与える危険分子と言えそうです(=。=|||) そこで、先生はじめ日本の学術(特に政治学行政学)の国際化を危惧する方々に、国際化を推進する側から個人的に聞いてほしいことを、以下にまとめてみました絶対こんなブログ読んでいない

 

1.日本語も英語も重要

学術界から日本社会への貢献は、日本語の学術書なしには成しえず、だれもその重要性を否定できないはずです。ただ、国際的に日本の研究者が認められていない現状では、政治学行政学という学問自体が日本社会で気にもされなくなる危険性もあるはずです。

例えば、オリンピック等で活躍できないスポーツ競技の人気が落ちるように、日本の政治学行政学が国際的に通用しない学問だと見做されれば、日本社会の関心も落ちていく可能性があります。日本人研究者が書く日本語の学術書と英語の論文双方が、日本国内において政治学行政学が社会貢献を続けるために重要なはずです。

2.圧倒的に英語が少ない

日本語の学術書も、英語の論文も、どちらも日本社会への貢献を果たすために必要であれば、どちらか一方が少なすぎてはいけないはずです。政治学において、英語で業績を発表する研究者の数は、日本語で業績を発表する研究者より圧倒的に少なく、特に行政学ではClarivate Analytics(以前はトムソン・ロイター)が引用数を管理するSocial Science Citation Inddexに登録されている学術誌に論文を2本以上発表している日本人研究者は、自分を含め国内で3人ぐらいです(海外に2人)。科学技術振興機構が管理する研究人材サイト researchmapに、行政学者として登録している人数が145人であることを鑑みると、あまりに少ない数です。

3.ポジティブな関係になりたい!

自分はより多くの日本の皆様に、行政学という学問を知ってもらいたいです!国際的に行政学を牽引するお隣の韓国に比べると、行政学を専攻する日本人若手研究者の数は少なすぎます (韓国毎年60~80人 vs. 日本数人というレベル)。かといって、自分1人で行政学を盛り上げられる立場も、才能も持ち合わせていません。また、残念ながら、高校時代及び大学学部時代に勉強せず、剣道とバンドに明け暮れたため、日本語能力が乏しく、こんなフザけたブログを書くのが精一杯です(^ ^;

学問の発展には、それぞれ異なる役割があり、研究方法や言語が違っても、政治学行政学を前進させるために切磋琢磨できると信じています!自分みたいな変わった行政学者がいても、それを懐深く受け入れてくれる日本学術界であるよう、切にお願い致しますm(_ _)m